内定取消について
Q 当社では来年度の新卒採用者として、約五〇人の学生に採用内定の通知を出したのですが、今般の不況のため、到底五〇人を採用することは出来ないことが判明しました。
そこで、五〇人のうち二〇人の採用内定を取消したいのですが…。
A 取消通知を出したとして、その効力は結局は採用内定を取消したことが社会通念に照らしてやむをえないと考えられるか否かによって決定されることになります。
すなわち、採用内定の法律的な構成については様々な考え方があったのですが現在では、採用内定の通知をだすことにより解約権を留保した労働契約が成立したものと解されています。
そこで採用内定の取消の適法性はこの解約権の行使の適法性の問題になり、これは採用内定通知や誓約書に記載された「取消事由」を参考にして決められることになります。ただ、「取消事由」の記載が広範囲で漠然としている場合(例えば「その他の事由により入社後の勤務に不適当と認られたとき」というような記載)などは結局は、取消の理由が客観的に合理的で社会通念上相当といえるかどうかによって決められることになります。
ところで、本件の場合ですが、これも結局は貴社の経営状態、業績等から考えてやむをえないと言えるかどうかによって決まると思います。
例えば、採用内定の取消をしなければそれに相当する人数の従業員を整理解雇せざるを得ないというような切羽詰まった状態であれば、その採用内定の取消は有効と解されると思います(もっとも、整理解雇の基準よりは内定取消の基準の方がいくらか緩やかに解されると思います)。
Q そのほかに当社が何らかの責任を負うことがありますか。
A 採用内定取消が恣意的に行われたような場合にはその有効、無効に関わらず損害賠償義務が発生する場合があると思います。本件のような場合でも、当初の採用計画があまりにも杜撰だったような場合には損害賠償責任が認められることがあるのではないでしょうか。
Q また、これとは別に当社では誓約書で「提出書類への虚偽記入」を内定の取消事由として定めており、内定通知を出した者の中に一部虚偽記入をしていると思われるものがいるのですが、これは無条件に取消すことが出来ますか。
A これも無条件にというわけには行かないでしょう。虚偽記入のような具体的な取消事由の場合も、その文言どおりには受入れられず、虚偽記入の内容・程度が重大なもので、それによって従業員としての不適格性あるいは不信義性が判明したことを要するとされているのです。
従って、貴社の場合も虚偽記入の程度から考えて具体的に判断するしかないと思いますが、例えば卒業大学名を偽るとか、中退にも関わらず卒業としたような場合は取消が認められると思います。
裁判所の傾向としては全般的には内定取消に厳しい態度をとる傾向にあるようですが、取消事由が直接行動(思想的な街頭行動での逮捕、学生運動に際しての暴力行為)である場合には、取消を認める傾向にあるようです。
借地非訟事件
Q 今度、借地上の建物増改築をしたいので、地主さんの処へ行ったところ、多額の承諾料を請求されました。どうしたらよいでしょうか。
A そのような場合、裁判所へ申し立てて妥当な承諾料を決めて貰うことができます。このような手続を借地非訟事件といい、訴訟ではありません。
なお、注意すべきは、契約書に増改築禁止の文言がない場合、増改築に地主の承諾は必要ないことになっていますので、もう一度契約書を点検して下さい。
Q ありがとうございます。この場合、承諾料はどの程度のものが相場になっているのでしょうか。
A 大体更地価格の三~五%位で決まっている例が多いようです。
Q それでは、借地非訟事件には、他にどのような手続があるのでしょうか。
A 他には、借地条件の変更、借地権の譲渡、転貸許可(実行する前に許可を得ることが必要)、競公売に伴う借地権譲受許可、地主による賃貸人の建物、借地権の優先譲受申立、等があります。
Q 最後の優先譲受申立というのは、何でしょうか。
A 借地法九条の二では、借地人が、借地権の譲渡・転借人を特定して借地権の譲渡、転貸を申出た場合でも、地主が優先して譲受転借を申し出ることができることになっています。
裁判所は、相当の対価(普通は更地価格の六割位)及び転貸の条件を定めて命ずることができることになっています。
Q それでは、他の手続の場合の相場も伺っておきたいのですが。
A 借地条件の変更、つまり普通建物所有目的から堅固な建物にする場合、借地権残存期間により異なりますが、更地価格の一〇%前後できめられている例が多いようです。
借地権の譲渡、転貸の許可では、借地権の一〇%位、つまり、商業地では更地価格の八~九%位、住宅地では更地価格の七%位の承諾料の支払いを命ずる例が多いようです。
Q ありがとうございます。地代の改訂なども借地非訟でできるのでしょうか。
A 平成三年の借地借家法の改正に伴い、地代や家賃の改訂を請求するには、必ず調停を先に行わねばならず、当事者が調停委員に金額の決定を委ねれば、調停委員が額を定めてくれますし、この場合、鑑定費用はいりません。
退職後の競業避止・秘密保持
会社の取締役や有力な従業員が、会社を退職した後、在職中に取得した特殊な情報及び営業のノウハウ並びに特殊な技術を利用して、別会社を設立したり、競争関係にあるライバル会社に就職したりすることが、最近ではしばしば見られます。
このような退職者の行為を違法行為として、差し止めたり、損害賠償の請求ができるのかが問題になります。
我国の法律では、取締役などには、明文をもって、いわゆる在職中の競業避止義務を規定し(商法二六四条、二六六条)、会社と同種の業務を行い、会社に損害を与えるような行為をすることを禁止しています。その他、雇用関係にある従業員についても、雇用関係が継続する闇は、その契約上の義務として使用者に対し、競業避止義務を負うといわれています。
問題は、退職後においても同様の義務を負うかという点です。この点については、判例も通説も、原則的には、退職後は右のような義務を負うことはなく、当事者間で特約がなされた場合に、しかもその特約が合理的な範囲内のものである限り、退職者を拘束するとしています。
判例で問題になったのは、金属鋳造会社Aにおいて、入社一〇年以上で営業部門を担当していたXと研究部門担当Yが同時期に退職し、A社のライバル会社であるB社に就職したという事例です。この事例では、A社とXY間には、①雇用契約存続中、終了後を問わず、業務上知りえた秘密を他に漏洩しないこと、②雇用契約終了後二年間は、A社と競業関係にある一切の企業に直接にも間接にも関係しない、との特約があり、この特約にもとづいて、A社が、XYがB社に就業することの差し止めを求めたものです。これに対して、裁判所は、この特約が合理的か否かの判断については、この事例では、制限期間が二年と比較的短いこと、制限の対象が金属鋳造業と比較的狭いこと、在職中にXYが、機密保持手当をA社から受領していたことなどを比較考量して、右特約の効力を有効とし、A社の差し止め請求を認めました。
また、従業員と会社側で特別に特約を結ぶという場合と違い、会社の就業規則の中に、一定の年数に限って退職後の競業避止義務を規定している場合にも、これに違反して会社に損害を与えた場合には、前記特約の場合と同様に会社から退職者に対する損害賠償請求を認めた判例もあります。
このように、会社側からすると、退職者に、競業避止・秘密保持義務を課そうとする場合は、特約を結ぶか、就業規則に規定しておくことが必要でしょう。ただ、特約や就業規則がなくても、退職者の行為が、信義に反するような場合は、不法行為として、退職者に損害賠償請求ができる場合があります。